2017年3月9日木曜日

悲愴

25年通った病院で5人のドクターにかかったが、残念ながら病状に改善が見られないため思い切って止めて別の病院へ移行することにした。
カウンセリングや薬は出来るだけ出さない治療で定評のある、この病院のドクターに、私は一縷の望みを託すことにしたのだ。
新しいドクターに私の事を良く知ってもらい、正しい診断を導き出していただけるよう、前もって35年間の経緯をノート4面にまとめて持参した。
診察までの長い時間は不安で落ち着かなかった。
名前を呼ばれ診察室に入ると、ドクターはあらかじめ私の資料に目を通しておられたようで、開口一番
「うーん非常に難しいですねぇ」「双極性障害ですよ」「ここで出来ることはこの状態を保ち、これ以上悪くしないようにする事だけです」
「双極性はうつの親戚と言われてきたが、全く別の脳の病気、カウンセリングでは治らない。薬です。開発中ですが、いつできるかわからない」
(悪い事に私には薬アレルギーがあり、過去2回入院し死にかけた経験がある)
「期待はしない方がよい」「前の病院に戻ることも良いのでは」と。

それではもう私を受け入れてくれる場所はどこにもないのか?どこに行けというのか?
改めて治る見込みなしと宣告されてショックを受けた。
寂しかったそしてとても悲しくなった。

病院から帰ってきた。1日がかりの病院、私はとても疲れていた。
ベートーベンピアノソナタ「悲愴」が聴きたくなった。
29歳のベートーベンが、作曲家として致命的な難聴という病になった頃作曲された曲だ。
大空に暗雲をおき、涙の雨が時に激しく、時にやさしく深い悲しみの旋律を奏でている。
まるで、はるか彼方にある天の父と地上にある人間が呼応しているようだ。
自分の過酷な運命を嘆くだけでなく、全人類の普遍的な苦しみを描いており、非常な美しさとあたたかさに満ちている。
ああ! なんと崇高なベートーベンの精神よ!

20歳の頃、私は父を誘って父娘でウィルヘルム・ケンプのベートーベンのコンサートに行った。
その時、ふと父を見ると、ケンプの弾くピアノに感動し目に涙が溢れ頬をつたい落ちている。
父が泣いているのを見たのはこの時1回だけである。
この4年後、父は急死するのだが...
父は晩年、病などの苦しみを抱えて心が荒んでしまっていた。
しかし、この時固く閉ざした心の扉に神様が憐みをもってやさしく触れ開いてくださったのだと思う。
その時流れていた曲もきっと「悲愴」であった。
そんな気がしてならない。



ベートーヴェン ピアノソナタ8番 悲愴
Eric Heidsieck エリック ハイドシェック
ベートーベンの曲に込めた思いを深くくみ取った、清潔で気高く端正な演奏だと思います。























3月15日 追記
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2 件のコメント:

  1. ブログ、拝見しました。
    双極性障害でしたか…病院では、本当にお辛い思いをされたことと思います。
    私も最初は「うつ病」と診断されましたが、途中から「双極性障害」と診断されました。治療方針も薬も全く違う病気にもかかわらず、医者でも区別が難しいようです。完治しない病気だとわかりショックでしたが、今はこの病と一生付き合っていくつもりです。

    ベートーヴェンの「悲愴」。ベートヴェンの魂の崇高さには、いつも心が打たれますね。「生きること」「いかに生きるべきか」に思いを寄せる時、傍らにはいつもベートヴェンがあったように思います。
    私は、幸いにもハイドシェックの奏する「悲愴」に実演で接する機会がありました。その時の衝撃は、生涯忘れることができません。ベートヴェンの苦悩と葛藤が、ハイドシェック自身の言葉として紡ぎ出されたその演奏は、内面を鷲掴みにされるような「魔力」がありました。
    ハイドシェックは、ケンプにもベートーヴェンの曲を学んだそうです。私が物心ついた時には、ケンプはもう鬼籍に入っていましたが、残された録音を聴くとき、その慈しみ深い演奏に目頭が熱くなります。

    すてきな演奏のご紹介、ありがとうございました。

    北の音人

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    1. 音人さん
      いつも温かいコメントをどうもありがとうございます。
      同じ病気、しかも同じ経緯をたどった人が身近にいることは、本当に心強いです。
      今とても不安定で、家族を巻き込んでしまい、心配をかけています。
      大変な病気です。

      猫たちが、春の日差しを浴びて気持ちよさそうに一日中寝ています。
      明日のことなどちっとも心配していないみたいです。
      心から今を楽しんで満足げです。
      人が彼らを養っているので大丈夫と保証されているのですから。
      お腹に手を当てると心臓が人より早く脈打っています。
      猫の命のスピードは、人の4倍だそうです。
      この子達の一日が、どうぞ幸せでありますようにと祈らずにおられません。

      私もこう思いましょうか。
      私の一生は父なる神様のもとにあり保証されていると。
      だから、毎日、満たされ感謝して幸せに生きてゆくと。

      今になって、ベートーヴェンがとても心に近く感じます。
      彼が傷を持ちながら最後まで強く生きたことに感動を覚えるのです。
      もし傷がなかったなら、これほどの素晴らしい曲たちは生まれなかったかもしれません。

      ハイドシェックの生の演奏を聴かれたのですね。
      ケンプの教えを受けたからすんなり私にも入ってきたのでしょうか。
      いつか聴いてみたいです。

      また、音人さんのブログにお邪魔します。
      私の音楽の世界を広げてくださり感謝しています。

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