2015年3月22日日曜日

ベートーヴェン 交響曲第6番 田園 Pastorale アンティークパストラーレ

ベートーベン 交響曲第6番 田園 PASTORALE

アンティーク パストラーレ
名前の由来

このレコードのジャケットに写っている老紳士は誰でしょう?




少し昔の話になりますが、

私の父はとても貧しい家に生まれて

大人になるまでクラシック音楽を知りませんでした。

大人になって 初めて聴いたその時

「 世の中にこんなに素晴らしいものがあったのか! ! 」

と 大変感動しました。

そして ベートーヴェンの田園に感銘を受けて

結婚して 子供が生まれ それが女の子だったら

園子という名前にしよう と思ったそうです。

初めの子は男の子で その喜びを 

ベートーヴェンの第九であらわしました

何枚組みかのLPレコードで その時代

 1か月分のお給料で購入したとか・・・・・

2番目が私 末っ子の妹には

 自由にのびのび育ってほしいと言う願いをこめて 

シューベルトの ます を贈りました。

私がもらったLPは1958年 ブルーノ ワルター指揮

コロンビア交響楽団のものです。

最近 CDでこれが売られていることを知り 購入して 

ワルターの名盤を聴くことが出来るようになりました。

じっと聴いていると この曲に寄せた父の思いは

いかばかりであっただろうと 胸がいっぱいになります。

その父も 私が結婚する前に 亡くなってしまいました。

子供の時は 園子ってあまり好きではありませんでした

でも 大人になってからは大好きになりました。

西洋アンティークのお店アンティーク パストラーレ

の名前の由来はこの田園からとりました。

自然があふれゆったりと時の流れる田舎のお店で

喜びや安らぎ、ロマンティックで美しいもの

時に強さの中に神様の力を感じるものなど

感動がいっぱい詰まった宝石箱のような

お店になれるよう願いをこめました。

           


第1楽章「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」



第2楽章「小川のほとりの情景」  



第3楽章「田舎の人々の楽しい集い」


第4楽章「雷雨、嵐」


第5楽章「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」


           5つに分かれてしまいました。ニコニコ動画ですと1つで聴けます。

答えは ブルーノ・ワルターです。 
お父さんとお母さんの愛に包まれているようなやすらかで暖かい演奏だと思います。

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交響曲第6番 ヘ長調は、ドイツ古典派の作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770年 - 1827年)が1808年に完成させた6番目の交響曲。作品番号68。作曲者によって『田園(ドイツ語: Pastorale)』の標題が付されている。
標題は、初演時に使用されたヴァイオリンのパート譜にベートーヴェン自身の手によって「シンフォニア・パストレッラあるいは田舎での生活の思い出。絵画描写というよりも感情の表出」と記されている。

ベートーヴェンは田園を好み、ウィーンでは近郊を歩き回り、夏には田舎に生活して大自然に親しんだ。彼のスケッチ帳には「森の中で―自分は幸福だ―樹々は語る―汝を通して―おお神よ―なんと素晴らしい……」、「どの樹もみな自分に語るではないか。聖なるかな。聖なるかな。森の中は恍惚たり」などと書き付けてある。日本の音楽評論家門馬直衛は、こうした心情を音楽で語ったのがこの第6交響曲であるとする。
                                                  
                                       ウィキペディアより引用しました。
    


ブルーノ・ワルター(Bruno Walter, 1876年9月15日-1962年2月17日)は、ドイツ出身の指揮者・ピアニスト・作曲家。
ドイツ系ユダヤ人の父親とキリスト教徒に改宗した東欧から移住したユダヤ系の母親の間の子として、ベルリンに生まれる(ブルーノ本人はキリスト教徒)。本名は、ブルーノ・ヴァルター・シュレージンガー (Bruno Walter Schlesinger)。
1933年に、ナチス政権が成立すると、ユダヤ系であったワルターはナチスから迫害を受けるようになる。ナチス政権発足直後に演奏旅行から帰国してきたワルターは、ナチスの宣伝大臣ゲッベルスらによる嫌がらせや殺人予告を受けるようになり、最終的には楽屋に銃弾を撃ち込まれる事態にまで発展した。このため、ワルターが指揮をする演奏会は中止に追い込まれ、彼はドイツを追われてオーストリアのウィーンへ移住せざるを得なくなってしまった。
1938年にオーストリアがナチス・ドイツに併合されてしまうと、命に危険を感じてウィーンを出てスイスのルガーノへ逃れた。
1939年9月に第二次世界大戦が勃発して欧州での戦火が激しくなると、ついにルガーノの家を出てアメリカへと逃れた。アメリカでは、カリフォルニア州ビバリーヒルズに居を構え、常任のポストには就かずにニューヨーク・フィルハーモニックやメトロポリタン歌劇場などを指揮した。
戦後はヨーロッパの楽壇にも復帰し、1947年から1949年の間にニューヨーク・フィルハーモニックの音楽顧問を務めるなど、欧米で精力的に活躍を続けたが、1958年に心臓発作で倒れてしばらく休養。その後もニューヨーク・フィルやウィーン・フィルを指揮して数回演奏会を行なっている。1960年に師マーラーの生誕100周年記念祭のために最後のウィーン訪問を行いウィーン・フィルを指揮する(曲目はマーラーの交響曲第4番、シューベルトの「未完成」など)。同年暮れにロスアンジェルス・フィルの演奏会で当時新進気鋭のヴァン・クライバーンと共演し(曲目はブラームスのピアノ協奏曲第1番、交響曲第1番)、演奏会から引退した。その後ステレオ録音技術が発達してきたため、CBSレコード(現在はソニー・クラシカル)が、ワルターの演奏をステレオで収録するために、ロスアンジェルス付近の音楽家によりコロンビア交響楽団を特別に結成し、この組み合わせで多くの録音が残された。

1962年2月17日、心不全のためカリフォルニア州ビバリーヒルズの自宅で死去。その波乱に満ちた生涯を閉じた。現在、遺体はスイスのルガーノに埋葬されている。
よくワルターの演奏は微笑に例えられ、夢のような幸福感に満ちた美しい演奏、感情を荒々しく出すことのない中庸な演奏をする指揮者として知られている。
ワルター自身、自伝で自分の中にはアポロ的な部分とディオニュソス的な部分が両立している、と述べている。
残されている映像を見るとワルターの指揮は、基本的にタクトを持った右手のみを使い、必要以上に体を動かすことも、左手を使うこともあまりしていない。また、リハーサルでは、文学的な解説や長い演説は余りせず、タクトを振りながら「歌って!」「ディミヌエンド!」「エスプレッシーヴォ!」といった指示を出すのみである。

彼は自伝に「自分は教育的指揮者だ」と残している。このことは、ワルターがトスカニーニのようにオーケストラに対して専制君主として振舞う指揮者ではないことを示しており、ワルターの人柄を良く表している。例えば、ウィーン・フィルでのリハーサルでは悲しい顔をし「なぜあなた達は美しい音を出さないのですか?もっと歌ってください」と言い、団員達は「あんな悲しげな顔でリハーサルされたら音を出さざるを得ないよ。トスカニーニなどの怒りんぼう指揮者以上に困った指揮者だね」と、言ったという。

                                     ウィキペディアより引用しました。


 Antique Pastorale 

         http://antique-pastorale.com

2015年3月14日土曜日

本日 アンティーク パストラーレ OPEN ! !

   本日 アンティーク パストラーレ OPEN ! !



ここのところ大雪ばかりで さらに玄関に落ちた大きな氷に閉ざされて


なんと2日間も家に閉じ込められました。 


でも、今日ネットショップオープンの日は


すっきり青空 十勝晴れです。 やったーっ!!




10年間ヤフーオークションで数多くのアンティークを出品して


沢山のお客様に出会いました


どうもありがとうございました


これからは もっといろいろなものを見て学び、


さまざまな経験を通して心を豊かにし


味わいのあるアンティークを探して行きたいと思っています

 
皆様に
愛されるお店になれますように。

                                                                                                c1850  seed pearl brooch



今日、ご紹介するのは、ジョージアン後期からビクトリアン初期に作られた

150年~200年前のシードパールジュエリーです。

この頃、結婚式に花嫁さんがただ一度使うために作られて

代々その家に受け継がれていったそうです。

驚くのは、その作り方で、

まず、マサーオブパール(真珠母貝)を切り分け土台にします。

そこに、何百何千という1ミリほどのシードパールを

馬の尾の毛を糸にしてつなぎとめて行くのです。

小さなシードパールにどうやって穴を開けたのか

どのように美しい形を作っていったのか?

今では作ることができないのだそうです。

豪華なものでは

ネックレス ティアラ イヤリング ブローチなどのセットが

オリジナルの立派なケースに収められている

美術館に飾られているようなものもありますが

百万円から数百万円の値がついていて

今のところ手が出せず憧れの目で眺めています。

とはいえ、こちらのブローチもなかなかのものだと思っています。

ゆるやかなカーブを描いた十字の形は伸びやかで

そこに葉っぱと14個のベルフラワーがついていて

格調高さの中にもかわいさがあるのが良いですね。

14センチ×5センチという大きさもうれしく

少し改まったシーン。

お食事や観劇、音楽会それから入学式や卒業式

などに身につけられたらちょっと自慢できそうです。

1850年頃作られ、今も良い状態で残っているのはうれしいことです。



Antique Pastorale


http://antique-pastorale.com

2015年2月23日月曜日

ただ今ネットショップオープンに向けて大忙し !!

屋根からぽたぽた雪が とけて落ちていきます


ここのところ ぐっと寒さが緩んで このまま春になってくれたらいいのにと思います


雪国の冬は長くて 暖かい日が来るのがまちどおしい



 

ただいま 家の中はネットショップオープンに向けて大忙し


事務的なこまごましたあれこれ


画面作り 説明文の見直し


新しい商品の出品が間に合うか などやることがいっぱい


ネットショップをやるってこんなに大変なんだと思いました


難しくて面倒なことを主人が一手に引き受けてくれています。  ありがとう 



なのに 私は ほとんど 寝てばかり


どうしても 力がわいてこないんです うつ病治らないかな 




オープンは3月14日に決定しました


ホワイトデーなんです


やるからには 良いお店にしたいですもの  





オープンから2週間14日~27日まで


会員様に全品10%の割引と


通常5パーセントのポイント割引の得点があります


たくさんのお客様にご利用お待ちしております。



アンティーク パストラーレ
http://www.antique-pastorale.com
          

2015年2月1日日曜日

3月 アンティーク パストラーレ ネットショップオープン

 Antique Pastorale ネットショップ OPEN !!




親愛なる皆様、毎日寒い日が続いております。お元気でお過ごしでしょうか?

ヤフーオークションで10年余り西洋アンティークを出品してまいりましたが

この度2月をもって終了させていただきます。

長い間お世話になりどうもありがとうございました。

3月より新たに Antique Pastorale アンティーク パストラーレ として

ネットショップをオープンすることになり只今準備中です。

西洋磁器、ジュエリー、シルバー、レース、雑貨を出品する予定です。

これまで以上に選りすぐりのアンティークを

ご紹介していきたいと思っております。

どうぞ楽しみにお待ちくださいませ。




アンティーク パストラーレ
http://www.antique-pastorale.com

2014年12月24日水曜日

2014年 クリスマスイブには

☆       Merry  Christmas   ☆



入れまつる家あらず 休めまつる宿もあらず

ただむさき馬小屋を仮の宿となしたもう

恐れおおし天地の主におわすイエスきみ

人のごと 罪の世に生まれたまいぬ



ほめまつる人あらず 祝いまつる民もあらず

ただあまつみ使いの 歌う声のあるのみ

恐れおおし天地の主におわすイエスきみ

人のごと 罪の世に生まれたまいぬ   

家の戸を今開き まごころよりなれを迎えん

入りたまえ住たまえ救い主よわが主よ

恐れおおし天地の主におわすイエスきみ

人のごと 罪の世に生まれたまいぬ
                                          聖歌137



出産を間じかに控えたマリア様 この当時の旅はとても大変だったと思います。

なのに 泊まる宿は1軒もなかったとは ! !

王の王 主の主 神の子のご誕生は 思いもかけない粗末な馬小屋でした

今の私たちの誰が馬小屋で生まれたでしょうか?

神様 何を教えようとされたんですか?

なぜ 救い主は 私たちと同じ人間になられたのですか?

私たちはお金が足りない 家が小さい 輝かしい成功が欲しい

ほかの人が幸せだと妬んでしまうような罪深き者です

どろどろした欲にまみれています

そんな時 馬小屋でお生まれになったイエス様の意味を考えてみたいと思うのです。




                               アルはいつもいっしょです


クリスマスは ただの締め切り日

あるいは暦の上での一日ではありません

クリスマスは 心の旅路

----- 闇から光への  混沌から平和への

わけへだての気持ちから

大切に思い合う心の一致への旅路です

クリスマスセラピー
カレン・カタフィア  より





世界中の人たちと 人種を超えて 宗教を超えて 神様に創られた同じ人として

理解を深める努力をして 尊敬し合い 仲良く暮らしていけますように


☆  クリスマスおめでとうございます  ☆

2014年12月20日土曜日

パパ 生きていて良かったね





今年もクリスマスがやってきました。

でも、私の心には沸き立つような喜びがありません。

きれいな飾りもおいしいご馳走もプレゼントもいらない

ただ、家族と共に静かに過ごしたい。




今年5月13日のお昼頃、パパがトラクターに引かれてしまいました。

骨盤がボロボロになりし出血多量で重体でした。

そんなことも知らず

その時間私は猫ちゃんたちのお散歩をしていたんです。

家族の承諾を待たずに適切な処置が行われ命が助かりました。

その後、感染症で苦しんで4度の入院と2度の手術をしました。

2度目の手術ではまだ骨がついていないのにボルトを外して

ひたすら膿を洗い流すというもので、歩けなくなるかもしれないと言われ 

 心配しましたが、幸い杖をついて歩くことができるようになり

11月に退院しました。





長かったですね

いろいろなことがあって必死で乗り越えてきた感じです。

朝起きたら着替えもできないうつ病の私が毎日2時間近くかけて

病院に通ったなんて信じられません

自分の体がぎりぎりで辛くて病院で泣いてしまったり

帰り道で死んでしまおうかと思ったり。

その後に37度の熱と頭痛が1か月以上続き、薬疹も出て検査で

神経から来ているのではとのことでした。

身体が悲鳴を上げていたんだと思います。

そんなこんなで 先月今度こそパパが家に帰ってきてくれました。

ほっとしました。



でもでも、心の方はついていけなくて 些細なことで激怒したり叫んだり

頭の中が混乱してせっぱ詰り、危機を感じて入院するつもりでした

しかし、二人の息子たちの力を借りて家で静養することにしました。

何を見ても心は癒されず頭の中の血管が詰まったように重苦しく

灰色の雲がのしかかっているかのようです。とても疲れています。

実は、心の健康はパパも同じで、体の中の火が消えてしまったようだ 

 と言っています。身体が思い通りに動かず、痛みが全然取れないこと、

焦り、将来への不安があるのです。

二人して病んでいては困ったことです

パパも私も時間が必要なんです。長い時が・・・・

今は何をしてもだめでもいつか元気が戻ってくると信じてみようと思います

「 泣くに時があり 笑うに時があり 」 ですもの






今年は庭によくエゾリスがやってきます。

猫ののマロンやミトンもいます。

優しく寄り添う息子がいます。

感謝です。





主は私の牧者であって


私にはとぼしいことがない


主は私を緑の牧場に伏させ


いこいのみぎわに伴われる


主は私の魂をいきかえらせ


み名のために私を正しい道に導かれる


たとい私は死の陰の谷を歩むとも


わざわいを恐れません


あなたが私とともにおられるからです


あなたのむちとあなたのつえは私を慰めます


あなたは私の敵の前で私の前に宴を設け


私のこうべに油を注がれる


私の杯はあふれます


私の生きている限りは


必ず恵みといつくしみが伴うでしょう


私はとこしえに主の宮に住むでしょう  


                                   詩編23篇



パパは事故にあう直前の礼拝の時この詩を暗唱していたのだそうです。

よく知られた聖書の箇所ですが度々助けられるすばらしいみ言葉です。




2014年5月2日金曜日

リバティーの帽子

         
            リバティーの帽子が出来上がってきました ! ! 

 



   昨日
 届きました わ~ステキにつくってくださってうれしい ! !
         
            表はリネンでつばの内側がリバティーです

       少しつばを折り返してかぶると柄がちらっと見えてカワイイ

      イルマという柄でナチュラルでとても優しい雰囲気です

           さっそく今日のお散歩でかぶってみると 

      ゆとりをもたせたジャストフィットで軽くて肩が凝りません

                   丁寧に上手作られていているのに

                         こんなにプチプライスでいいのかしら

                 お散歩が楽しくなるようにって

                    心を込めて作ってくださったんですね

                これから毎日お世話になりまーす


                      秋冬用も作ってくださるかしら ~ ? 

              


              ◇  OMBRAGE プチプライスで作る リバティーの帽子のshop

          


 Antique Pastorale 

http://antique-pastorale.com

2014年3月31日月曜日

初めてのケーキ食べ放題! お誕生日part2

 テレビで時々目にする ホテルの「 スウィーツ食べ放題 」


それはいつしか憧れとなり 行きたくて仕方なくなりました


でも ここ帯広にはそういうのありません


だからお家で 「 ケーキ食べ放題 」をどうしてもやってみたかったのです



いよいよ 夢の実現の日が来ました


お誕生日パーティーのパート2です


昨日の日曜日の午前中 私以外はみんな教会の礼拝に


その帰りに 春駒通りにある ユトリベルグという ケーキ屋さんで


ケーキを沢山買ってきてもらいました


私はひとり家で   まだかしら?      まだかしら?  。。。。。。。。


やっと 大きな箱をかかえて帰ってきました


一輪のサーモンピンクのガーベラもです ~ 


生のお花のない今の時期 嬉しいな !










 待ちに待った 「 ケーキ食べ放題 」 が始まったのです
お皿に並べられた色とりどりの宝石みたいなケーキ達を前に
本当に好きなだけ食べていいのね !
一番目にお皿に取ったのは 赤い四角の器に入った可愛い苺のプリン
目に鮮やかで期待が高まります さわやかなお味でした
息子から分けてもらった
キャラメルソースのかかったババロアの中に桃の入ったタルトは
洗練されたケーキで感動しました
チーズケーキはなかなかのもので ユトリベルグの得意分野かもしれません
全部違うケーキなので お互いに それどんなの? 
と言いながら味見させてもらったり
心地良い ジャズが流れ ストーブは薪がパチパチお部屋を暖めてくれています
4人とも みんなうれしくて幸せそう !!


お腹も 心も いっぱい 大満足なひと時を過ごさせてもらいました


どうもありがとうございました 


こうして 私の 「 ケーキ食べ放題 」 の夢は叶いました

  






 

一つ残して 翌日のおたのしみに。。。。

2014年2月20日木曜日

「 アル 」 いつまでもずっといっしょ !




 
昨年の11月20日 最愛の私の坊や 

猫のアルが車にひかれて死んでしまいました

夕方までアルが帰ってこないのに気付かないで
 
あくる朝になってから役場に電話しました
  
アルによく似た猫が収容されていると・・・

パパが引き取りに行きました  

どうかアルじゃありませんようにと祈りながら




 
。。。。  ビニール袋に入れられたアル

 
顔は見ないほうがよいと言われて 

 
パパは曲がったしっぽを見て

アルと分かったので連れて帰ってきました

 
ビニール袋を急いで取りのけて 

私は初めに顔が見たかった !

 
可愛かったお顔がつぶれてしまって・・・


体は汚れてとても可哀そうに思い


すぐお風呂場に連れて行って きれいにきれいに洗って
長男はお顔を出来る限り直してあげました
     
二晩 アルと一緒に眠りました

 
小さい時から 私とほっぺとほっぺをくっつけて

寝ていたのでそのようにしました

23日に家族みんなでお葬式をして 火葬場へ行きまた
 
パパが小枝で作った小さな十字架を首から下げて

( とっても似合っていたよ )

天国へ登っていきました

アルは神様から新しいぴかぴかの体と永遠の命をいただいたのです !

あの日から 今日で3か月がたちました
   
私の中ではまだこの現実を受け入れられないでいます

「 ぽっかり空いた穴 」  

それは何によっても埋めることはできません

「 ぽっかり空いた穴 」はアルちゃんの形をしているんだって


と次男が教えてくれました

パパはアルちゃんは優しい子だから 

ママが泣いていたら心配するよって言います


けれど もうしばらく私を悲しませてください

この悲しみの部屋から出たくありません

アルはどこにいるのかな ?
   
  
泣いていると そこでアルに会える気がします
    
    
アルの可愛いお顔 ふわふわしたお腹 曲がったしっぽに触りたくて
   
    
その姿や声やお日さまと土と青草の良い匂いを一生懸命探しているのです

 
「 悲しみ 」 は何のためにあるの ?

たくさん 悲しんで 悲しんで そして立ち直ったら

今度は 慰めを必要とする人にやさしく寄り添ってあげるためでしょうか 

今までとは違う生きる意味を見出すためでしょうか



アルは 私たちにたくさんの幸せと笑顔をくれるために 
  
  
神様のところからやって来た素直で無邪気な天使でした

これからもこんなにかわいい子といっしょに



暮らしていけると思うと楽しみにしていましたが
2歳5か月という短い日々を精一杯いっしょに生きてくれました

 

「 ママ 僕はここにいるよ ! 」


「 ママの可愛い坊や 目には見えないけれど いっしょにいるのよね ! 


ママもアルちゃんのように
誰かを笑顔にしてあげられる人になりたい 」

 
私が天国へ行ったら 一番先にアルが走ってきて

迎えてくれるでしょう
 
そうしたら この手でぎゅっとアルの体を抱きしめて 

沢山キスしてあげるからね !
  
   
そうして ずっとずっと永遠にいっしょにいましょうね !

 
       
今 我が家の庭は 


冷たい白無垢のふかふかの綿毛が敷きつめられ
  
  
その上に 真理を射抜くような鋭い光の粒が


ちりばめられています

  
ダイヤモンドよりも透明なそのきらめきを  

まぶしくて見続けることができないで


光景を 素早く心に取り込んだら 目を伏せてしまいます
その真白いお布団の下には
アルの大好きな遊び場だった 青草の庭があります


この世界でどんな事が起こっても 春が巡ってきます
  
  
明るい色の 絵の具をのせたパレットを広げたように
  
  
かわいいお花たちが はにかんにかみながら 

咲いてくれる春もどんな季節も


かわいい子がいないと思うと


たまらなくさみしいです



 ★ アルが 我が家へやって来たいきさつは
 「 アル坊や 」 を読んでください。


アンティーク パストラーレ
http://antique-pastorale.com

2013年8月19日月曜日

音・雨 / Sound Of Raindrops  ショパン雨だれ  フジ子ヘミング

       ここのところ北海道の空はぐずついていて



      今夜も雨のしずくが屋根を打つ音が聞こえています


   「 雨の日が好き 」 というお友達Kさんの 『 言葉 』
     それは 雨はいやなもの 心の病の者にとっては重苦しい日


     と言う印象を変えてくれた


    Kさん ありがとう !!


     雨は晴れた日とは別の良い味わいを持っていると思う


    これに気付くって とても新鮮で素敵なことだとは思いませんか?


    ショパンの「 雨だれ 」 のように


   途切れることなく繰り返される伴奏の8分音符が


   心に優しく響いて 気分が静まり 心を内に向かわせてくれる


       フジ子ヘミングさんのピアノが好き


 「 願わくは 天からのリズムが 心地よく 深い眠りに導いてくれますように 」